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 なおきち・かこきち

Author: なおきち・かこきち
息子4号、生まれました!
表丹沢のふもと、茶畑と牧場に
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「命のつながりを感じる暮らし」
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麓日記

畑仕事。雑木林。親子でカエル捕り。 ときどき、旅。 丹沢山麓での田舎暮らし、 紹介します。

2015.06
21
(Sun)

奇跡のローカル線 

上米内駅1

上米内駅2

上米内駅3

親子旅の報告のしめは、北上山地を行くローカル線・山田線。
美しく手入れされた花壇や駅舎。汽車を待つ少女。旅人を温かく迎える駅員さんの笑顔。
いまや絶滅してしまったかと思っていた、そんな光景が目の前に! 
心和む山里の風景も素敵。日本一おすすめのローカル線、ここにあり!です。



これより先↓は、ながーい旅行記。興味のある方はどうぞ。
山田線旅行記 【奇跡のローカル線】

絶景のローカル線は全国各地に数あれど、ここに紹介するのは、奇跡のローカル線、山田線のお話です。

奇跡その1は、マニアックな話から。山田線は列車の運行が集中制御化されておらず、駅員さんが電話連絡で列車の運行を管理するため、3~4駅にひとつくらい有人駅がある珍しいローカル線だ。そこでは開業当時からの木造駅舎が大切に使われ、駅員さんが手入れした鉢植えや花壇に咲く色とりどりの花に心が和む。花のない季節ならば、駅に降り立つ人を温かく迎えてくれるストーブの火。走る列車もワンマンではなく車掌さんが乗車していて、乗り降りするお年寄りに手を貸す光景には、ほのぼのしてしまう。味気ない合成音声ではなく肉声の車内放送が流れ、車内での切符販売にも笑顔の会話が。人のぬくもりが感じられる、こんなローカル線は、日本中探してもなかなかないよ。

奇跡その2、車窓の眺め。北上山地の渓谷はもちろんだけど、この線のハイライトは峠越え区間だ。今から8年前に訪れたときは、懐かしい国鉄色の気動車に揺られながら、こんな旅行記を書いた。ちょっと長くなるけど引用します。

盛岡から3つめ、上米内を出ると、線路は国道から離れて山岳区間に入る。並行するのは、車のすれ違いがやっとくらいの細い道が一本。あとはひたすら、森、谷川、森。そんな森が少し開けると、大志田、浅岸と、廃村(集落)の中にぽつんと残された駅を通過する。両駅に停まる列車は1日に1~2本、乗り降りする人はいない。こんなところに列車を走らせて意味があるのだろうか。そんな思いさえ感じてしまう。スイッチバックの遺構と、木造校舎の廃校が歴史を物語る、山里の集落跡。
それでも列車は狭い谷あいを登っていく。長いトンネルではなく、ひたすら地形に忠実に、曲がりくねった坂を登りつめるのだ。そして峠を越えると、ぱっと車窓が開けて高原の景色に変わり、峠の駅・区界に到着。
木造駅舎から駅員さんが小走りに迎えてくれる。そう、区界駅は有人駅なのだ。
このほっとする雰囲気が、僕は大好きだ。列車行き違いのため数分停車。ああ、なんて素敵な演出!

ユウマ、国鉄色に出会う
ユウマ、国鉄色に出会う(2007年6月)

父ちゃん、国鉄色に再会す
父ちゃん、国鉄色に再会す(2007年6月)

8年前は、この国鉄色の気動車たちこそ、奇跡その3だった。さすがに彼らは廃車になり軽快気動車(といっても別の線からきたお古)におき変わってしまって、残念だけど。
なにしろ、あのころ幼稚園に通っていたユウマも、いまや中学生なのだ。その彼が「父さん、秘境駅を訪ねて山田線に行きたい」なんて言い出したのはびっくりしたけど(いったい誰の影響で、そんなマニアになってしまったのだろう…)、大志田、浅岸は、中学生のユウマでも知っている日本有数の秘境駅なのだ。
父との旅を息子が喜んでくれるのも今のうち、秘境駅からぬくもりの駅へ、奇跡のローカル線の旅を、彼に伝授しよう。

親子旅は社会見学から。三陸鉄道のお座敷列車を楽しみつつ、田老の大防潮堤跡と観光ホテルの廃墟で津波を実感。そして、宮古からの山田線は、陸中川井で途中下車。ここにユニークな宿があることも、山田線の旅のたいせつなアクセントなのだ。
民宿フィールドノート。最も近い集落からも約10km離れ、早池峰山麓の森の中にぽつんと孤立した小さな開拓集落タイマグラにある。
タイマグラに電灯が灯ったのは昭和63年、おそらく日本で最後に電気が開通した集落だろう。その後、自然とともにある暮らしを記録した映画「タイマグラばあちゃん」が、海外で高い評価を得て多くの賞を受賞し、一気に有名になった?場所でもある。
映画にも登場するこの民宿は、開拓農家そのままの建物で、がたがたときしむ木枠の窓、薪ストーブに薪風呂。「じいちゃん」の指導で、決して濁らないという沢から引いた生活用水。庭の果樹はクマと競争なのよ、とおかみが笑う(今回、タイマグラに向かう途中、本当にクマの子供を目撃した。大興奮!)。仙人の暮らしみたいだが、やがて増えた移住仲間は映画監督、桶職人、染色家、農業青年…。それぞれが開拓地の暮らしを引き継ぎながらも自身の仕事を持つ「半農半X」の暮らしを楽しんでいる。
ぼろぼろの開拓農家の建物に最初ユウマは驚いたようだけれど、そこは我が家の子、薪で炊くお風呂を楽しみ、夜の語らいでは「今度は一人でここに来たい」とお気に召した様子。山田線の旅の楽しさを語る彼に、ご主人は相づちをうちながら、こんな話をしてくれた。
知り合いの息子さんが鉄道好きで、1時間に1本走っているバスには乗らず、1日3本しかこない山田線で通学してるんだ。その思いに答えてか、定期券を買った区界駅の駅員さんは、列車が遅れるときは彼の家に電話連絡を入れてくれるそうだよ。
閑散路線だからこその逸話だけれど、そんな駅員と乗客のつながりが生きている山田線、やっぱり奇跡のローカル線だね。

陸中川井駅にて

さて翌日は、ユウマお待ちかね、秘境駅の旅。
おかみに無理を言って、朝5時過ぎの盛岡行きの一番列車に送ってもらう。浅岸・大志田に日中に停まるのは、上り下りを含めこの列車しかないのだ。
峠の駅・区界を過ぎると、立ち込めていた朝霧がうそのように消え、山間を縫うように走る列車にもまぶしい朝日が差し込んできた。輝くような新緑、深緑。浅岸駅からは前夜駅に泊まったのだろう秘境駅マニアさんが1人乗車。僕らはスイッチバックの遺構の残る大志田駅で列車を降りて、次の列車を12時間ほど待つ…のはあまりにも不毛なので、隣の上米内駅まで約10km、林道を歩く計画である。
大志田駅に降り立つと、真っ先に目に入るのは「クマ出没注意」の看板。でも昨日タイマグラでホンモノを見ちゃったので、驚かないよ。高台にある駅から見渡すと、林の中に農家の廃屋が点在していて、最近まで畑だったらしい原っぱも見える。かつて駅舎だったらしい古い建物が保線員詰所として残るが、スイッチバック跡の引込み線は草むらに消えていく。ここは今、開拓地から森に、クマの領分に、ゆっくり戻りつつある場所なのだろう。

大志田駅にて

ところが。
駅から坂道を降りて集落「跡」に足を踏み入れてみると、すべてがそうではないことに気づく。ちゃんと現在進行形で人が暮らしている家が少なくとも2軒、あるではないか。きちんと手入れされた畑もあり、そこには作業するおじいちゃんの姿が! いつもの「ひと駅歩き」なら声をかけて、この土地の自慢話や「神奈川から来たのか、娘が横浜に嫁に行って…」みたいな話に耳を傾けるところだけれど、こちらも「集落が消えた秘境駅を見に来ました」とは言えないし、おじいちゃんも「また秘境駅マニアか、ふん」という感じで(と僕らが勝手に思ってるだけかもしれないけど)、お互いなんとなく視線をそらしてしまった。
気まずさを取り繕うように、上米内に下る林道をひたすら歩く。列車から見たときは気づかなかったが、ちゃんと人が暮らしているらしい家も時々あるし、営林署の詰所があったり、水力発電所があったり、そこここに人間の臭いを感じる。さらに、林道を登ってくる車がひっきりなしに・・・は言いすぎだけど、1時間に10台くらいは来たろうか。今日は日曜日、林業や工事の作業車ではない。おじさんが乗ったセダンとか、おばちゃんの操る軽ワンボックスとか。
車を停めて釣りをしているおじさんがいたので、気まずさを振り切って話しかけてみた。盛岡市内に住んでいて、週末によく釣りに来るという。大志田駅から歩いて来たと言うと、途中トンネルで分かれる脇道があっただろ、あの先にはミズの群生地があって、春のご馳走だぞ、今度来るときは必ず行ってみろ、という。
そうなのだ。ここまで来て、ようやくわかってきた。ここは盛岡市内から車でわずか30分。農業や林業は放棄されつつあっても、釣りや山菜取りに気軽に来られる、市民の奥座敷的に使われているところなのだ。あるいは、山奥の家を離れても週末だけ農林業に通っている人もいるのかもしれない。
「日本有数の秘境駅」などと言って、開拓の夢破れた跡、いまは森に帰っていく廃墟・・・みたいなイメージを勝手に膨らませていた自分が恥ずかしくなる。「秘境駅」は、停まる列車が一日2本になって暮らしと切り離されてしまった鉄道の都合、ここは車で、しっかり街と結ばれている場所なのだ。車窓の印象やネットの情報だけでは、わからない。自分の足を踏み入れて初めて見えてくるものがあるのだと、思う。
浅岸方面から市内に向かって下りてくる車もあった。何気なく見ると助手席には小さな子供が! 秘境駅のさらに奥にも、まだまだ人の営みは続いているんだね。

大志田から上米内まで歩く1

大志田から上米内まで歩く2

大志田から上米内まで歩く3

大志田から上米内まで歩く4

申し訳ない気持ちが少しほぐれていくのと同じくして、谷が開け、人が暮らしている家もだんだん増えてきた。林道から県道に出て、それまで見られなかった田んぼが山間に広がるようになると、上米内の集落に入る。文化財の洋風建築が並ぶ浄水場がいまも稼動し、米内川の清流と、山に囲まれた田んぼや畑…森と水に育まれた文化を感じる、美しい山里だ。
木造駅舎がぽつんと立つ上米内駅…近づくと、春の花咲く鉢植えがたくさん飾られ、手入れの行き届いたホーム、そして駅舎にともる灯りがいとおしい! 中学生くらいの少女が駅員さんと言葉を交わして切符を買い、改札口を入っていく。列車から降り立つお年寄りを笑顔で見送る車掌さん。ああ、なんてほっとする駅だろう。人の暮らしと結びついた鉄道が、ここでは現役なのだ。

列車到着1

列車到着2

発車します

ふたたび峠に向かう列車に乗り込む。車窓から眺める大志田、浅岸集落は、心なしか人の気配、かすかに未来への希望のようなものも漂っている気がする。かつて山田線の開通と同時に開拓農家が増えてゆき、最盛期は戸数20戸、人口150人を超えたという大志田、木造校舎に子供たちの歓声がこだました浅岸…山深い集落はいま、多くの農家がこの地を離れ、静かに森に戻ろうとしている。けど一方で、ほんの数軒だが、森に囲まれた暮らしを続けている農家もある。タイマグラに移住した人たちのように、半農半Xの暮らしに新しい価値が見出される時代。ユウマが大人になるころ、この山里の暮らしは、そして山田線はどうなっているだろう。

厳しくも美しい北上山地の自然と、山里の暮らしに思いをはせて、秘境駅からぬくもりの駅を結ぶ、山田線の旅。列車は山峡の隘路を登りつめ、峠の駅・区界に到着した。ここでも、たった一人の駅員さんが、8年前と変わることなく、僕らを笑顔で迎えてくれる。待合室で荷物を降ろし、ほっとするひと時。「山田線に乗りたくて神奈川から来たんです」と駅員さんに話すユウマ。記念にいただいたタオルは、区界駅の下車印とともに、宝物にしような。

区界駅
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